他人の意見を参考にするという事の本当の意味とは何なのか?

他人の意見を参考にする事のホントの意味


受験勉強を始めるときや、困難な問題に取り組み始める時に積み上げていく覚悟をしても、 ”無駄だからやめときなよ。”、”面倒だからやめなよ。”という声が聞こえてくるかも知れません。


もしそこで、「あなた自身が」積み上げてもムダだと感じるならばやめれば良いだけですし、面倒だからやらないと思ったならば、やらなければ良いだけの話です。


この場合には、「積み上げられなかった。」というだけの話です。


第三者の声に従い、今いる高さを変えられなかったというだけの話です。


ここで問題になるのは、あなた自身が「ホントに」その結果を望んでいるのかどうかという事です。


また、本当に無駄かどうかはあなた自身がやらなくてはホントのところは分からないのです。


これからやる事が面倒なのかどうかも判断できないのです。


「ムダそう」「面倒そう」など、全て想像しているだけなのです。


その人はやった事あるのかどうか


また、「ムダだよ。」「面倒だよ。」と言っている方が、実際に積み上げた事があるのかどうかも重要です。


”あの権威ある人がこう言ってた。”、”あの先輩がこう言ってた。”という、二次的、三次的な情報には何の価値もないのです。
(私はこう思っているというだけの話で、あなたがどう思うかはあなたが決めることです。)


権威ある人や先輩の話の真意を理解しているかどうかも疑問ですし、そこに「その人」自身の言葉や考えが入っていないのです。


「権威ある人が言っていて、俺自身もこう思う。なぜなら―――」なら価値があると思います。


「株は危ないからやめておいた方が良いよ。」というのも同じです。


そう言っている人に「株をやった事があるの?」と聞いた場合、「○○が言ってた」等の答えが返ってくることがあります。


株の何が、どう危ないのか答える事はできず、実際にやった事はないのに、”株は危ないよ。”とあなたに言っているわけです。
(私は、株は危なくないと言っているわけではありません。人によって危ない危なくないが変わってきますし、今伝えたいことは、「二次的、三次的な情報にはこんなにも脆い部分があるのですよ。」という事です。)


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そんな情報でも取り入れるのを決めたのはあなた?


そして、そのような情報でもそれを選択したのはあなたなのです。


「あの時こういったじゃないか。」と言ったとしてもどうにもならないのです。


あなたが、何を信じ、どう考え、どう行動するかは全てあなたの責任なのです。


プラスの面でもマイナスの面でも。


あなたが積み上げたい、積み上げるべきだ、と思ったならば、積み上げれば良いだけの話です。


第三者は関係ないのです。


もちろんルールは厳守ですよ。


好きだからやってることから第3者の意見を考える?


好きな事で考えると分かりやすいと思います。


例えば、あなたが「サッカーが好きでやっている。」とします。


世の中には、サッカーが好きではない人もいます。


その人が”サッカーはケガするからやめた方が良いよ。(やった事ないけど。)”とあなたに言った場合、サッカーをやめますか?


どうしてやめないかというと、先程の例とこの例の違いは、「ケガはする事もあるけど、ある程度コントロールできるし、そのために対策(ストレッチ等)もしている。何より”サッカーがやりたい”」からなのです。


実感として、「面白いと思っているからやっているのです。」


実際にやって面白くないのなら、第三者に言われるまでもなく辞めています。


ですが、好きなものでない場合、未知の物の場合だと同じ流れでも結果が変わります。


株をした事がないあなたに、”株は危ないからやめた方が良いよ。(やった事ないけど。)”と第三者が言った場合、株をやりますか?


あなた自身の判断で、やるかやらないかを判断するならばそれでよいと私は思います。


ですが、その言葉だけを信じてしまう場合、「株をやらない」という結果になってしまいます。


もしかしたらサッカーと同じで、危ないこともあるけど、それはコントロールできる事が多く、そのための知恵は身につけられることで、株は”面白い”と感じるかも知れないのに。


この場合、結果だけを見れば、あなたは、株をやった事がない人の株の話を聞いて株をやらないと決断したという事です。


株をやった事のない人の株の話にどれだけの価値があると思いますか?


サッカーをやった事のない人の、”サッカーやらない方が良いよ”という話にどれだけの価値がありますか?


人によって好き、嫌い、がある事の意味から考える。


また、やった事がある人の話も、あなたに当てはまるのかはホントのところは分からないわけです。


全て「私はこうだった。」なわけです。


あの時、「株は危ないと言ったじゃないか。」と第三者に言ったとしても、「だってあの人がそう言ってたんだもん」になるのです。


責任をどんどん外に押し付けているのです。


また、その場合にはあなた自身にもそう言う資格はないのです。


なぜなら、第三者の言葉を信じ行動したのはあなただからです。


誰もこうしてくれなんて、言っていないのです。


そして、”こうしてくれ”と言われたとしても、「そうした」のはあなたなのです。


あくまで、最終的に判断したのはあなたなのです。


ですから、自分で責任をとるのですから、第三者が”こう言ってたから”ではなく、「こういう情報があった。そして私はこう思う。私もこう思う。だからこうする。」にするべきだと「私」は思います。


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