受験勉強を続けていると、急にやる気がなくなって勉強から離れてしまったり、やろうと思っても、大学に受かる気がしなくて、全然頑張れないという時があるかと思います。

そういう時には、「自分の受験」というのをどれだけ意識できるかが重要になってきます。

受験がうまくいかなくても、誰も困らず、困るのは他の誰でもなくあなた自身なのです。

そして、「自分の受験」をうまく行かせたいのならば、頑張らなきゃいけないのは、両親でもなく、先生でもなく、予備校でもなく、めちゃくちゃ良い参考書でもないのです。

結局の所、行きたい大学に合格したいのならば、投げ出したい時があっても、あなた自身が頑張るという道しかありません。

とは言っても、受験勉強には本当にきつい期間があると思います。

投げ出したくなったり、なんか頑張れないという時には、『受かった大学が第四志望校であっても、その大学に行く』と決めると、そのきつい期間の時に踏ん張れたりします。

これは、第四志望だからというわけではなく、第三、第五でも同じで、第一、第二志望校ではないという意味です。

「たとえ、受かった大学が第四志望であってもそこに行く!」と決めておくと、受験勉強の結果に対する気持ちが、「100か0か」という選択ではなく、「100か70か」、「100か60か」、という選択になるからです。

勉強するかしないかという選択ではなく、勉強するのは前提で、その後にある結果のどれを選択するかという事になってくるからです。

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受験勉強のきつい所で役立つ

勉強を続けているとやめたくなったりする事もあるでしょうし、長期間勉強以外の事をして過ごしたくなる時もあります。

「100か70か」という選択だと、その時に引き止めてくれる事が多いです。

100を目指して勉強していて、70や60にまで届くレベルにまでなり、そこで「勉強が辛くなってきた・・・」と思ってしまったとしても、勉強から離れるのを止めてくれるのです。

「受かった大学が第三志望、第四志望であってもそこに通う!」と決めていると。

せっかく70や60まで勉強したのならば、100まで頑張り続けないと「もったいない」って思うのです。

0か100かという選択ではなく、労力がかかっている「70か100か」「60か100か」という選択ならば、人間は損したくないから、「やめたくなってきたけど、もったいないから100まで“もうちょっと”やり切ろう」とか「せっかく70、60まできたんだから絶対に100までいく!」って思えるのです。

ですので、「第四志望であっても入学する」と決めておくと、辛くなっても受験勉強をやり切る事に繋がっていきます。

第一志望しか意識していない状態との違い

これが、第一志望しか見えていないという状態では、せっかく頑張って60、70まできたとしても、残りが遠く、時間を考え「受かる気がしない」って感じてしまって、そこで手を緩めてしまう事があります。

せっかく60まで頑張ったのに。

「時間的に足りないかも・・・」と感じても、ここでやめないで勉強を継続したら、試験日までに90や100にまで到達できる“かもしれないのに”自分で見切ってしまうわけです。

最後の成績の跳ね上がりを作れるかもしれないのに。

頑張ってきた上での、70を選ぶか、もうちょっと頑張って100を選ぶかという選択ならば、殆どの場合、100という結果が欲しくなってきます。

ですので、第三志望、第四志望の大学であっても、合格したなら、そこに行くと決めた上で勉強していると、踏ん張りどころで踏ん張る事ができたりします。

ここまできたんだから、100が欲しいって思うのです。

せっぱつまった状況での勉強は効率が違う

また、これは、合格に向けてしっかり勉強するという事につながります。

勉強していない段階でも、第一志望を決める事はできますし、「〇〇大学を狙う」と言う事も簡単にできます。

ですが、勉強していない状態で言っているのと、実際に勉強している上で言うのには大きな差があります。

「〇〇大学を狙う」
「だけど届かなくて第三、第四志望であっても、浪人はせず受かった大学に行く。」
「たとえ、ほんのちょっと点数が足りなかっただけだとしても。」

というのならば、第一志望への気持ちがより強くなり、日々の勉強をムダにしたくないというのが出やすくなります。

第四志望に受かる事はそこまで難しい事ではないので、「どの大学でもそこに行く」と決めておくと、自分の受験チャンスには限りがあると自分に理解させる事ができるのです。

受かって入学するならば、その先には第一志望校へ入学するチャンスがなくなるからです。大学入学後の仮面浪人や再受験などはありますけども。)

そうすると、今ある「第一志望校へ入学するチャンス」を大事にしたいと感じてくるので、日々の勉強に身が入る様になってきます。

「これから先に何回もチャンスがある」と感じた上での勉強と、「この後はない」と感じた上での勉強では、効率が全く違います。

せっぱつまった状況での勉強は、めちゃめちゃ効率の良い勉強の方法にも勝てるぐらい効率が良くなります。

なので、「第三、第四志望であってもそこに行く!」と決めるのです。

「チャンスが有限」を感じるには具体性が大事

「今年しかチャンスはないと“思って”勉強する」と決めるだけでは(思うだけでは)、せっぱつまった感を作り上げる事が難しかったりします。

なぜかというと、「今年しかチャンスはない」という事の具体性に欠けるからです。

実際の所、両親にお世話になれば、浪人できて来年も受験する機会があります。

ですが、「第二志望、第三志望、第四志望、第五志望・・・であっても、受かった大学があるならば、そこに入学する。」としておくと、第一志望のための受験勉強に身が入ります。

損したくないからです。

本当にどこでもいいと言うのならば、大学に入る事自体は可能です。

ですが、大学を決める時には何かしら自分の基準があり、自分の要望に沿うように大学を決めています。

第一志望はその中で自分が一番行きたいと思う大学だったり、自分の枠の中で一番行きたいと思う大学です。

次に、第二志望があり、第三志望ぐらいまでは「行きたい!」という気持ちがあると思います。

第四、第五になっても、「入っても良い」と考える様な大学だと思います。

第六、第七まで決めている方はあまりいないかもしれませんが、このくらいにまでなると、入りたいとは思わないという様な志望校になると思います。(もちろんどの大学にも良い所、良くない所はあるのですが、個人個人で考えれば、多かれ少なかれ「入りたいとは思わない大学」があると思います。)

おそらく、“現時点での”自分の学力から考えても、合格の可能性がかなり高いという大学だと思います。

「受かった大学がそこしかなかったとしても、大学に行く!」と決めて受験勉強をする様にしたならば、“実際に”一回しかチャンスがなくなるわけです。

受かったならば入学するという事なので、「嫌だから浪人する」という選択肢はないからです。

結果的に、第一志望の合格の役立ってくる

実際には「受かったとしても入学しなければ良い」という話になりますが、行動が伴う上での「チャンスは有限」というのと、想像しただけで「チャンスは有限」を感じようとするには結構な差があります。

行動が伴うというのは、第六、第七志望の大学を受けるには、前もって実際に願書を出さなければならないし、受験料を払わないといけないという意味です。

受験料は両親にお世話になると思いますし、第六、第七志望校を受ける場合には「本当に受験料を払っちゃった」わけです。

そうすると、「どの大学に受かった時にも浪人しないで大学に行く!」という決め事に具体性が出てきて、それを避けたいから(損したくないから)、勉強に身が入る様になり、よりせっぱつまった感を作り出すことができます。

せっぱつまった感を作り出せていれば、日々の勉強に身が入りやすくなる(自分の受験に真剣になりやすい)ので、受験勉強のやる気がしない時や、やめたくなった時に踏ん張ることができ、結果的に、第一、第二志望の合格の可能性を高める事ができます。

また、個人的な意見ですが、第一志望に受からなかったとしても、浪人せずに合格した大学に行った方が良いというのは、「チャンスは有限」と感じるためだけではなく、実際にそうだとも思っています。

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